地球の怒り

地球の怒り

心が疲れたとき──自然がそっと教えてくれること


編集者コメント

『地球の怒り ― 私たちの生き方が映し出されている』

本書を読み進めるうちに、
「これは環境問題の本ではない」
という確信が、静かに芽生えてきました。

山が揺らぎ、
熊が里へ下り、
米が足りなくなる。

それらは確かに“地球の異変”として語られています。
しかし著者が真正面から見つめているのは、
地球そのものではなく、地球の上で生きる私たち人間の姿です。

本書は、
怒りや糾弾によって読者を追い詰める環境書ではありません。
かといって、安易な癒しを与える自己啓発書でもありません。

著者は一貫して問いかけます。

「地球は本当に怒っているのだろうか」
「それは、私たち自身の生き方が映し出されているだけではないか」
熊と米が、同時に語り始めた時代

二〇二四年、清水寺で選ばれた“今年の漢字”。
上位に並んだのは「熊」と「米」でした。

自然の側からの警告と、
暮らしの側からの悲鳴。

本書の優れている点は、
これらを「別々の問題」として扱わず、
同じ原因から生じた現象として捉えているところにあります。

生態系の崩れ。
社会の分断。
怒りと不安が充満する空気。
承認欲求に疲弊する心。

それらはすべて、
「速度」と「距離」を誤った生き方の延長線上にある――
著者はそう静かに示します。
説教しない。否定しない。しかし、目を逸らさせない。

著者は禅僧であり、保護司として長年、
社会の周縁や「心の飢え」に触れてきた人物です。

だから本書には、
机上の理想論も、
正しさを振りかざす言葉もありません。

あるのは、

  • 人がなぜ怒りを溜め込むのか
  • なぜ「足りない」という感覚から抜け出せないのか
  • なぜ便利さが、息苦しさに変わってしまうのか

そうした問いへの、
経験に裏打ちされた静かな観察です。

読者は責められません。
しかし同時に、
「自分とは無関係だ」と逃げることもできません。

それが、この本の強さです。
環境書ではなく、「生き方の書」

本書が扱っているのは、
地球を救うための行動リストではありません。

  • 生活の速度をどう整えるか
  • 情報との距離をどう取り直すか
  • 社会の中で、どう呼吸を取り戻すか

そうした 生き方そのものの再設計です。

著者は成長を否定しません。
経済も、文明も、便利さも否定しません。

ただ問いかけます。

「それらに、使われてはいないか」
「自分の中心から、離れすぎてはいないか」
静かだが、強い一冊

この本は、
一気に読んでスッキリする本ではありません。

むしろ、
ふと立ち止まりたいとき、
言葉にならない違和感を抱えたとき、
静かにページを開いてほしい一冊です。

読み終えたあと、
世界が劇的に変わることはないかもしれません。
しかし、
世界との距離が、少しだけ正しい位置に戻る。

それが、本書がもたらす変化です。

地球の怒りではなく、
地球の嘆きを聴くことから始まる、
私たち自身の回復の物語。

この一冊が、
あなたの中の「静かな力」に触れるきっかけになることを願っています。


序章 地球は怒っていない

──私たちの生き方が映し出されているだけだ

第1章 地球は怒っているのではない

──私たちの生き方が映し出されている

第2章 熊と米が語るもの

──自然と暮らしが発する同じサイン

Ⅰ 熊はなぜ里へ来たのか

Ⅱ 米はなぜ足りなくなったのか

Ⅲ 熊と米が同時に現れた意味

Ⅳ それは私たちの生き方の写し鏡

第3章 便利さが奪ったもの

──気づかぬうちに失われた感覚

第4章 速度という名の圧力

──急がされる心、追い越される感覚

第5章 不安が増幅する社会

──見えない揺れが心を追い立てる

第6章 怒りが噴き出す理由

──抑え込まれた不安の変形

第7章 無関心という静かな怒り

──諦めが社会を疲弊させるとき

第8章 心の限界サイン

──都市と速度が奪うもの

第9章 呼吸を整える智慧

──立ち止まるのではなく、戻るために

第10章 孤独と情報のはざまで

──つながりすぎた時代の、ひとりである力

第11章 自然の声を聴く社会

──怒りではなく、応答としての揺らぎ

第12章 地球ではなく人の選択

──揺らぎの正体は、いつも私たちの側にある

終章 あなたの中の静かな力へ

──地球の嘆きに応えるということ

参考文献

【Ⅰ.自然観・日本文化・歴史的価値】

【Ⅱ.仏教・禅・内観思想(精神的基盤)】

【Ⅲ.現代社会・文明・情報・孤独】

【Ⅳ.環境・循環・生態系(科学的補助線)】

【Ⅴ.実践・社会・回復・関係性】

【Ⅵ.補記(本書の立脚点)】

著者プロフィール